醤油は日本だけでなく世界からも注目される調味料です!

大豆からできる醤油

大豆からできる加工品の中のひとつの「しょうゆ」、和食を作る時には必ずといっていいほど使われますね。 でもしょうゆは和食だけではなく世界的にも万能調味料としてつかわれているのですよ!

しょうゆの歴史

中国から

しょうゆは、大豆の生まれ故郷である中国の古くから伝わる「ジャン」がその元になっているといわれています。 ジャンは食べ物を塩漬けにした保存食が始まりで、基本的に3種類になり「うおびしお」は魚介類、「ししびしお」は肉、「こくびしお」は穀物となっていました。 しゅうゆは、穀物(米・小麦・大豆)の「こくびしお」が原型になっているといわれています。

日本へ

実は、日本にこくびしおが「醤」(ひしお)として渡ってきた時代ははっきりと記録がなく、日本の「醤院」(ひしおつかさ)が大豆を使ってジャンを作っていたといわれています。 このときのジャンはまだ、現在のしょうゆか味噌かというようなもので、宮中で行われる宴(うたげ)などで使われていました。

鎌倉時代

鎌倉時代になると、信州の僧侶が中国から味噌の作り方が伝え、味噌作りが行われるようになりました。 味噌を作る時に染み出る液体の味がいいことに気がつき、料理に使いこれが現在の「たまりしょうゆ」の始まりだといわれています。

室町時代

室町時代(1597年)のころには、書物にも醤油という記載が登場してきて、このころには、一般家庭にもしょうゆが使われるようになってきたといわれています。

江戸時代

江戸時代には、生活や食生活もしだいに豊かになってきていたので、各地方でしょうゆが作られるようになり、販売されるようになってきました。 しかし江戸初期では、関西地方で作られたしょうゆが多く値段も高いものでした。 江戸中期になるとしだいに関東近郊でのしょうゆ作りが盛んに行われるようになりました。 しょうゆの味も江戸の人々に合ったものなり現在の濃い口しょうゆの元になるものが作られていました。

世界で活躍するしょうゆ!

中国から日本へと渡ってきたしょうゆは、江戸時代には長崎からの貿易にて日本で作られたしょうゆがオランダなどに輸出されていたのです。 輸出されていたしょうゆは「たまりしょうゆ」だったといわれています。 世界でも日本食のヘルシーさがブームとなって、いまやしょうゆは世界からも必要とされる調味料となっていったのです。